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ちよだご近所かわらばん

2014年6月6日金曜日

雨の中、地域福祉について考えてみました

こんにちは、牧田です。
関東地方でもいよいよ梅雨入りですね。しばらくはジメジメな毎日が続きますが、そのあとやってくる夏のことを考えて、ウキウキ気分で乗り切りたいところです。

さて、今回はいつもの地域情報とは思考をかえ、わたくし、牧田個人の意見を少し述べさせいただきます。



もう6年前のことになりましたが、20086月秋葉原通り魔事件が起きました。
このような事件が起こった1つの要因として、社会の側の包摂が足りないことがいわれています。もちろん事件を起こした本人の個人的な問題もあるのでしょうが、地域福祉を進めている私たちは、社会の側の包摂が足りない現状をどうにかしていかなければいけないのだと思います。

ですが、地域福祉を進めていく中で、とても悩ましい課題があります。
地域の中には1人で過ごすことが好きな人が少なからずおり、その人がどのように地域と関わることができるのかということです。

このようなことを考えていると、私はジャン・ジャック・ルソーのことを思い出します。

「こうしてわたしは地上でたった一人になってしまった。人なつっこい人間でありながら、万人一致の申合せで人間仲間から追い出されてしまったのだ

これは、ルソー『孤独な散歩者の夢想』の冒頭部分です。
18世紀に生きたルソーは、現在でも多くの人に読まれている『エミール』『社会契約論』などの作品を残しましたが、この一文を読むだけでも、「この人はきっと1人が好きなんだろうな。。」「いま風にいえば、ひきこもりだったんだろうな」ということが、なんとなく伝わってきます。

ルソーにいわせれば地域福祉も、「社会契約論とかいうけれども、社会とは繋がらざるをえないからそうするが、できれば1人でいたいんだ」と、こうなるのでしょうか。


私たちは社会福祉協議会として、地域のつながりというものを大切にしています。地域のみなさんにもご協力いただきながら、みんなが参加すること、そしてみんなで支えあうことを目指しています。
ルソーのように1人を好んでいる人は、私たちが生きる現代でも、ルソーが生きた時代においても変わらないことなのだと思います。


人の価値観はそれぞれです。それぞれの価値観をお互いに尊重し合うことが大切で、それぞれに合った関わりが必要なのかもしれません。社会の側が個人個人を包摂していくことが必要なのかもしれません。

秋葉原通り魔事件から6年たった今も、すべてが解決されたわけではありません。
しかし、その後の歩行者天国再開は、包摂のある社会に向けた大きな取組みだったと思っています。結果がどうであっても、1つの問題を地域みなさんが中心となって、より良い地域社会を目指した活動だからです。

地域福祉とは、まさにこのような活動のことだと、私は考えています。
このような活動を11つ積み重ねていき、包摂のある社会にしていきたいです。





[牧田]

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